アガト (ローマ教皇)
アガペトゥス1世 (ローマ教皇)
アガペトゥス2世 (ローマ教皇)
アデオダトゥス1世 (ローマ教皇)
アデオダトゥス2世 (ローマ教皇)
アナクレトゥス2世 (対立教皇)
アナクレトゥス (ローマ教皇)
アナスタシウス1世 (ローマ教皇)
アナスタシウス2世 (ローマ教皇)
アナスタシウス3世 (ローマ教皇)
アナスタシウス4世 (ローマ教皇)
アナスタシウス (対立教皇)
アニケトゥス (ローマ教皇)
アルベルトゥス (対立教皇)
アレクサンデル1世 (ローマ教皇)
アレクサンデル2世 (ローマ教皇)
アレクサンデル3世 (ローマ教皇)
アレクサンデル4世 (ローマ教皇)
アレクサンデル5世 (対立教皇)
アレクサンデル6世 (ローマ教皇)
アレクサンデル7世 (ローマ教皇)
アレクサンデル8世 (ローマ教皇)
アンテルス (ローマ教皇)
イタリア
イングランド
イングランド国教会
インノケンティウス1世 (ローマ教皇)
インノケンティウス10世 (ローマ教皇)
インノケンティウス11世 (ローマ教皇)
インノケンティウス12世 (ローマ教皇)
インノケンティウス13世 (ローマ教皇)
インノケンティウス2世 (ローマ教皇)
インノケンティウス3世 (ローマ教皇)
インノケンティウス3世 (対立教皇)
インノケンティウス4世 (ローマ教皇)
インノケンティウス5世 (ローマ教皇)
インノケンティウス6世 (ローマ教皇)
インノケンティウス7世 (ローマ教皇)
インノケンティウス8世 (ローマ教皇)
インノケンティウス9世 (ローマ教皇)
ウァレンティヌス (ローマ教皇)
ウィギリウス (ローマ教皇)
ウィクトル2世 (ローマ教皇)
ウィクトル3世 (ローマ教皇)
ウィタリアヌス (ローマ教皇)
ウェヌス
ウルシヌス (対立教皇)
ウルバヌス1世 (ローマ教皇)
ウルバヌス2世 (ローマ教皇)
ウルバヌス3世 (ローマ教皇)
ウルバヌス4世 (ローマ教皇)
ウルバヌス5世 (ローマ教皇)
ウルバヌス6世 (ローマ教皇)
ウルバヌス7世 (ローマ教皇)
ウルバヌス8世 (ローマ教皇)
ウルビーノ公国
エウゲニウス1世 (ローマ教皇)
エウゲニウス2世 (ローマ教皇)
エウゲニウス3世 (ローマ教皇)
エウゲニウス4世 (ローマ教皇)
エウセビウス (ローマ教皇)
エウティキアヌス (ローマ教皇)
エウラリウス (対立教皇)
エレウテルス (ローマ教皇)
エヴァリストゥス (ローマ教皇)
カイウス (ローマ教皇)
カトリーヌ・ド・メディシス
カリストゥス1世 (ローマ教皇)
カリストゥス2世 (ローマ教皇)
カリストゥス3世 (ローマ教皇)
カリストゥス3世 (対立教皇)
カール5世 (神聖ローマ皇帝)
クリストフォルス (対立教皇)
クレメンス1世 (ローマ教皇)
クレメンス10世 (ローマ教皇)
クレメンス11世 (ローマ教皇)
クレメンス12世 (ローマ教皇)
クレメンス13世 (ローマ教皇)
クレメンス14世 (ローマ教皇)
クレメンス2世 (ローマ教皇)
クレメンス3世 (ローマ教皇)
クレメンス3世 (対立教皇)
クレメンス4世 (ローマ教皇)
クレメンス5世 (ローマ教皇)
クレメンス6世 (ローマ教皇)
クレメンス7世 (ローマ教皇)
クレメンス7世 (対立教皇)
クレメンス8世 (ローマ教皇)
クレメンス8世 (対立教皇)
クレメンス9世 (ローマ教皇)
グレゴリウス1世 (ローマ教皇)
グレゴリウス10世 (ローマ教皇)
グレゴリウス11世 (ローマ教皇)
グレゴリウス12世 (ローマ教皇)
グレゴリウス13世 (ローマ教皇)
グレゴリウス14世 (ローマ教皇)
グレゴリウス15世 (ローマ教皇)
グレゴリウス16世 (ローマ教皇)
グレゴリウス2世 (ローマ教皇)
グレゴリウス3世 (ローマ教皇)
アガペトゥス1世 (ローマ教皇)
アガペトゥス2世 (ローマ教皇)
アデオダトゥス1世 (ローマ教皇)
アデオダトゥス2世 (ローマ教皇)
アナクレトゥス2世 (対立教皇)
アナクレトゥス (ローマ教皇)
アナスタシウス1世 (ローマ教皇)
アナスタシウス2世 (ローマ教皇)
アナスタシウス3世 (ローマ教皇)
アナスタシウス4世 (ローマ教皇)
アナスタシウス (対立教皇)
アニケトゥス (ローマ教皇)
アルベルトゥス (対立教皇)
アレクサンデル1世 (ローマ教皇)
アレクサンデル2世 (ローマ教皇)
アレクサンデル3世 (ローマ教皇)
アレクサンデル4世 (ローマ教皇)
アレクサンデル5世 (対立教皇)
アレクサンデル6世 (ローマ教皇)
アレクサンデル7世 (ローマ教皇)
アレクサンデル8世 (ローマ教皇)
アンテルス (ローマ教皇)
イタリア
イングランド
イングランド国教会
インノケンティウス1世 (ローマ教皇)
インノケンティウス10世 (ローマ教皇)
インノケンティウス11世 (ローマ教皇)
インノケンティウス12世 (ローマ教皇)
インノケンティウス13世 (ローマ教皇)
インノケンティウス2世 (ローマ教皇)
インノケンティウス3世 (ローマ教皇)
インノケンティウス3世 (対立教皇)
インノケンティウス4世 (ローマ教皇)
インノケンティウス5世 (ローマ教皇)
インノケンティウス6世 (ローマ教皇)
インノケンティウス7世 (ローマ教皇)
インノケンティウス8世 (ローマ教皇)
インノケンティウス9世 (ローマ教皇)
ウァレンティヌス (ローマ教皇)
ウィギリウス (ローマ教皇)
ウィクトル2世 (ローマ教皇)
ウィクトル3世 (ローマ教皇)
ウィタリアヌス (ローマ教皇)
ウェヌス
ウルシヌス (対立教皇)
ウルバヌス1世 (ローマ教皇)
ウルバヌス2世 (ローマ教皇)
ウルバヌス3世 (ローマ教皇)
ウルバヌス4世 (ローマ教皇)
ウルバヌス5世 (ローマ教皇)
ウルバヌス6世 (ローマ教皇)
ウルバヌス7世 (ローマ教皇)
ウルバヌス8世 (ローマ教皇)
ウルビーノ公国
エウゲニウス1世 (ローマ教皇)
エウゲニウス2世 (ローマ教皇)
エウゲニウス3世 (ローマ教皇)
エウゲニウス4世 (ローマ教皇)
エウセビウス (ローマ教皇)
エウティキアヌス (ローマ教皇)
エウラリウス (対立教皇)
エレウテルス (ローマ教皇)
エヴァリストゥス (ローマ教皇)
カイウス (ローマ教皇)
カトリーヌ・ド・メディシス
カリストゥス1世 (ローマ教皇)
カリストゥス2世 (ローマ教皇)
カリストゥス3世 (ローマ教皇)
カリストゥス3世 (対立教皇)
カール5世 (神聖ローマ皇帝)
クリストフォルス (対立教皇)
クレメンス1世 (ローマ教皇)
クレメンス10世 (ローマ教皇)
クレメンス11世 (ローマ教皇)
クレメンス12世 (ローマ教皇)
クレメンス13世 (ローマ教皇)
クレメンス14世 (ローマ教皇)
クレメンス2世 (ローマ教皇)
クレメンス3世 (ローマ教皇)
クレメンス3世 (対立教皇)
クレメンス4世 (ローマ教皇)
クレメンス5世 (ローマ教皇)
クレメンス6世 (ローマ教皇)
クレメンス7世 (ローマ教皇)
クレメンス7世 (対立教皇)
クレメンス8世 (ローマ教皇)
クレメンス8世 (対立教皇)
クレメンス9世 (ローマ教皇)
グレゴリウス1世 (ローマ教皇)
グレゴリウス10世 (ローマ教皇)
グレゴリウス11世 (ローマ教皇)
グレゴリウス12世 (ローマ教皇)
グレゴリウス13世 (ローマ教皇)
グレゴリウス14世 (ローマ教皇)
グレゴリウス15世 (ローマ教皇)
グレゴリウス16世 (ローマ教皇)
グレゴリウス2世 (ローマ教皇)
グレゴリウス3世 (ローマ教皇)
レオ10世
Leo X
第217代ローマ教皇
レオ10世と枢機卿達 ラファエロ・サンティ画
教皇就任
1513年3月9日
教皇離任
1521年12月1日
先代
ユリウス2世
次代
ハドリアヌス6世
個人情報
本名
ジョヴァンニ・デ・メディチ
(Giovanni de Medici)
出生
1475年12月11日
イタリア、フィレンツェ
死去
1521年12月1日
イタリア、ローマ
その他のレオ
レオ10世(Leo X 1475年12月11日 - 1521年12月1日)は、ルネサンス期のローマ教皇(在位:1513年 - 1521年)。本名はジョヴァンニ・デ・メディチ(Giovanni de Medici)。メディチ家出身で、派手好き、イベント好きの教皇のもと、ローマのルネサンス文化は最盛期を迎えた。
編集 生涯
フィレンツェの黄金時代を築いたロレンツォ・デ・メディチの次男。父と教皇インノケンティウス8世の後押しにより1492年、16歳の若さで枢機卿となる。同年ロレンツォの死去後、メディチ家の権勢は衰え、1494年に兄のピエロ、弟のジュリアーノと共にフィレンツェを追放される。追放中はイタリア各地を転々としたのち、ローマに落ち着く。1503年の兄の死後、ユリウス2世の支持の元、1512年スペイン軍と共にフィレンツェに侵攻。メディチ家の復権を果たしている(教皇選出後はフィレンツェを親族に任せ、間接的に統治した)。
1513年、ユリウス2世の死後、37歳で即位する(「最年少にして、最も醜男の教皇」と呼ばれた)。戦争好きであったユリウス2世とは対照的に、平和主義者として振る舞い、外交ではイタリアを巡るフランスと神聖ローマ帝国の対立の中にあって、父譲りの政治感覚を発揮した。 1515年、フランス国王フランソワ1世がミラノに侵攻する状況になると、フランスと妥協し、ボローニャ協定を結ぶ。1519年、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の死後に行われた皇帝選挙では、マクシミリアン1世の孫、カール5世の即位を阻む為、フランソワ1世を支援するが失敗。カール5世が皇帝に選出されるが、ルターの宗教改革に対抗する必要上、秘かにカール5世と同盟を結んだ。
内政では前教皇ユリウス2世によって始められた第5ラテラン公会議を継続したが、結局、根本的な改革には手を付けないまま終了してしまった。一方でメディチ家の権勢拡大を図り、1513年からフィレンツェを任せていたジュリアーノが死去した1516年に後を継いだ甥(ピエロの遺児)・ロレンツォをウルビーノ公に指名、本来のウルビーノ公フランチェスコ・マリーア1世を追放したが、ロレンツォは1519年に一人娘カテリーナを残して急死、フランチェスコ・マリーア1世が復帰して領土拡大に失敗した。
レオ10世が教皇として業績を残すのは、政治の面ではなく、文化の面であった。前教皇が着手したサン・ピエトロ大聖堂の建設を引継ぎ、ミケランジェロ、ラファエロらの芸術家のパトロンとなり、ローマを中心とするルネサンス文化は最盛期を迎えた。教皇戴冠式の際に建てられた仮設凱旋門には、「かつてウェヌス(アレクサンデル6世)が支配し、その後マルス(ユリウス2世)が治め、今やミネルヴァ(レオ10世)の時代が来らん」という銘文が掲げられた。 聖堂や広場、洗礼堂の修復を行い、前教皇に続きラファエロを贔屓にし、自らの肖像画やシスティーナ礼拝堂の壁掛け、バチカン宮殿回廊の天井画・壁画などを制作させた。ラファエロが若くして亡くなったときは非常に悲しんだ。 ミケランジェロとは幼い頃から共に過ごした仲であるが、芸術家の気難しい性格を敬遠してローマから遠ざけ、フィレンツェでサン・ロレンツォ教会(メディチ家の礼拝堂など)の仕事を行わせた。
サン・ピエトロ大聖堂建設資金の為にドイツでの贖宥状販売を認めた事が、ルターによる宗教改革の直接のきっかけになった。また、行列や宴会など、とにかく贅沢が好きで湯水のように浪費を続けた。享楽に満ちた聖都ローマは、ルターに「新しきバビロン」と非難された。教皇庁には未曾有の財政破綻が起こり、「レオ10世は3代の教皇の収入を1人で食いつぶした。先代ユリウス2世の蓄えた財産と、レオ10世自身の収入と、次の教皇の分の3人分を」とも言われた。
45歳で急死。風邪をこじらせた、あるいはマラリアの為とされるが、毒殺説もある(1517年にも暗殺計画が発覚している)。また暴飲暴食が原因など様々な死因が伝えられているが、実際は病弱であった。次の教皇は1522年にハドリアヌス6世が選出されたが、僅か1年で死去、従弟のクレメンス7世が1523年に教皇になった。
ちなみに、ルターを非難したイングランド王ヘンリー8世に「信仰の擁護者」の称号を授けたが、後にヘンリー8世は離婚問題でクレメンス7世と対立した果てにイングランド国教会を創設、皮肉にもプロテスタントの一派を形成していった。但し、教義自体はカトリックとの共通点が多く、称号も後のイングランド王に代々受け継がれていった。
ウィキメディア・コモンズには、レオ10世 (ローマ教皇)に関連するマルチメディアがあります。
表・話・編・歴
ローマ教皇(第217代:1513年 - 1521年)
古代
ペトロ / リヌス / アナクレトゥス / クレメンス1世 / エヴァリストゥス / アレクサンデル1世 / シクストゥス1世 / テレスフォルス / ヒギヌス / ピウス1世 / アニケトゥス / ソテル / エレウテルス / ヴィクトル1世 / ゼフィリヌス / カリストゥス1世(対 ヒッポリュトス) / ウルバヌス1世 / ポンティアヌス / アンテルス / ファビアヌス / コルネリウス(対 ノヴァティアヌス) / ルキウス / ステファヌス1世 / シクストゥス2世 / ディオニュシウス / フェリクス1世 / エウティキアヌス / カイウス / マルケリヌス / マルケルス1世 / エウセビウス / ミルティアデス / シルウェステル1世 / マルクス / ユリウス1世 / リベリウス(対 フェリクス2世) / ダマスス1世(対 ウルシヌス) / シリキウス / アナスタシウス1世 / インノケンティウス1世 / ゾシムス / ボニファティウス1世(対 エウラリウス) / ケレスティヌス1世 / シクストゥス3世 / レオ1世 / ヒラルス / シンプリキウス
中世前半
フェリクス3世 / ゲラシウス1世 / アナスタシウス2世 / シンマクス(対 ラウレンティウス) / ホルミスダス / ヨハネス1世 / フェリクス4世 / ボニファティウス2世(対 ディオスクルス) / ヨハネス2世 / アガペトゥス1世 / シルウェリウス / ウィギリウス / ペラギウス1世 / ヨハネス3世 / ベネディクトゥス1世 / ペラギウス2世 / グレゴリウス1世 / サビニアヌス / ボニファティウス3世 / ボニファティウス4世 / アデオダトゥス1世 / ボニファティウス5世 / ホノリウス1世 / セウェリヌス / ヨハネス4世 / テオドルス1世 / マルティヌス1世 / エウゲニウス1世 / ウィタリアヌス / アデオダトゥス2世 / ドヌス / アガト / レオ2世 / ベネディクトゥス2世 / ヨハネス5世 / コノン / セルギウス1世(対 テオドルス,対 パスカリス) / ヨハネス6世 / ヨハネス7世 / シシニウス / コンスタンティヌス / グレゴリウス2世 / グレゴリウス3世 / ザカリアス / ステファヌス2世 / ステファヌス3世 / パウルス1世 / ステファヌス4世(対 コンスタンティヌス2世,対 フィリップス) / ハドリアヌス1世 / レオ3世 / ステファヌス5世 / パスカリス1世 / エウゲニウス2世 / ウァレンティヌス / グレゴリウス4世 / セルギウス2世(対 ヨハネス8世) / レオ4世 / ベネディクトゥス3世(対 アナスタシウス) / ニコラウス1世 / ハドリアヌス2世 / ヨハネス8世 / マリヌス1世 / ハドリアヌス3世 / ステファヌス6世 / フォルモスス / ボニファティウス6世 / ステファヌス7世 / ロマヌス / テオドルス2世 / ヨハネス9世 / ベネディクトゥス4世 / レオ5世(対 クリストフォルス) / セルギウス3世 / アナスタシウス3世 / ランド / ヨハネス10世 / レオ6世 / ステファヌス8世 / ヨハネス11世 / レオ7世 / ステファヌス9世 / マリヌス2世 / アガペトゥス2世 / ヨハネス12世 / レオ8世 / ベネディクトゥス5世 / ヨハネス13世 / ベネディクトゥス6世 / ベネディクトゥス7世(対 ボニファティウス7世) / ヨハネス14世 / ヨハネス15世 / グレゴリウス5世(対 ヨハネス16世) / シルウェステル2世
中世後半
ヨハネス17世 / ヨハネス18世 / セルギウス4世 / ベネディクトゥス8世(対 グレゴリウス6世) / ヨハネス19世 / ベネディクトゥス9世 / シルウェステル3世 / ベネディクトゥス9世 / グレゴリウス6世 / クレメンス2世 / ベネディクトゥス9世 / ダマスス2世 / レオ9世 / ウィクトル2世 / ステファヌス10世 / ニコラウス2世(対 ベネディクトゥス10世) / アレクサンデル2世(対 ホノリウス2世) / グレゴリウス7世(対 クレメンス3世) / ウィクトル3世 / ウルバヌス2世 / パスカリス2世(対 テオドリクス,対 アルベルトゥス,対 シルウェステル4世) / ゲラシウス2世(対 グレゴリウス8世) / カリストゥス2世 / ホノリウス2世(対 ケレスティヌス2世) / インノケンティウス2世(対 アナクレトゥス2世,対 ウィクトル4世) / ケレスティヌス2世 / ルキウス2世 / エウゲニウス3世 / アナスタシウス4世 / ハドリアヌス4世 / アレクサンデル3世(対 ウィクトル4世,対 パスカリス3世,対 カリストゥス3世,対 インノケンティウス3世) / ルキウス3世 / ウルバヌス3世 / グレゴリウス8世 / クレメンス3世 / ケレスティヌス3世 / インノケンティウス3世 / ホノリウス3世 / グレゴリウス9世 / ケレスティヌス4世 / インノケンティウス4世 / アレクサンデル4世 / ウルバヌス4世 / クレメンス4世 / グレゴリウス10世 / インノケンティウス5世 / ハドリアヌス5世 / ヨハネス21世 / ニコラウス3世 / マルティヌス4世 / ホノリウス4世 / ニコラウス4世 / ケレスティヌス5世 / ボニファティウス8世 / ベネディクトゥス11世 / クレメンス5世 / ヨハネス22世(対 ニコラウス5世) / ベネディクトゥス12世 / クレメンス6世 / インノケンティウス6世 / ウルバヌス5世 / グレゴリウス11世 / ウルバヌス6世(対 クレメンス7世) / ボニファティウス9世(対 ベネディクトゥス13世) / インノケンティウス7世 / グレゴリウス12世(対 アレクサンデル5世,対 ヨハネス23世) / マルティヌス5世(対 クレメンス8世,対 ベネディクトゥス14世,対 ベネディクトゥス14世) / エウゲニウス4世(対 フェリクス5世 / ニコラウス5世
近世
カリストゥス3世 / ピウス2世 / パウルス2世 / シクストゥス4世 / インノケンティウス8世 / アレクサンデル6世 / ピウス3世 / ユリウス2世 / レオ10世 / ハドリアヌス6世 / クレメンス7世 / パウルス3世 / ユリウス3世 / マルケルス2世 / パウルス4世 / ピウス4世 / ピウス5世 / グレゴリウス13世 / シクストゥス5世 / ウルバヌス7世 / グレゴリウス14世 / インノケンティウス9世 / クレメンス8世 / レオ11世 / パウルス5世 / グレゴリウス15世 / ウルバヌス8世 / インノケンティウス10世 / アレクサンデル7世 / クレメンス9世 / クレメンス10世 / インノケンティウス11世 / アレクサンデル8世 / インノケンティウス12世 / クレメンス11世 / インノケンティウス13世 / ベネディクトゥス13世 / クレメンス12世 / ベネディクトゥス14世 / クレメンス13世 / クレメンス14世 / ピウス6世
近現代
ピウス7世 / レオ12世 / ピウス8世 / グレゴリウス16世 / ピウス9世 / レオ13世 / ピウス10世
現代
ベネディクトゥス15世 / ピウス11世 / ピウス12世 / ヨハネ23世 / パウロ6世 / ヨハネ・パウロ1世 / ヨハネ・パウロ2世 / ベネディクト16世
先代:
ピエロ・ソデリーニ
フィレンツェの支配者
1512年 - 1513年
次代:
ジュリアーノ・デ・メディチ
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