この記事の内容に関する文献や情報源が必要です。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。このタグは2007年2月に貼り付けられました。 遊牧民族の一つ、カザフ人 遊牧民(ゆうぼくみん)あるいは遊牧民族(ゆうぼくみんぞく)とは、人類の生活類型の二大区分である移動型と定住型のうちの移動型の牧畜(遊牧)を生業とする人々を指す。 目次 1 概念 2 遊牧 3 特徴 4 歴史上の遊牧民 5 中央ユーラシア遊牧民の民族概念 6 中央ユーラシア遊牧民の文化的特徴 7 歴史上にあらわれる主な遊牧民集団 8 脚注 9 参考文献 10 関連項目 11 脚註 編集 概念 似た概念に移牧民があるが、こちらは季節ごとに移動しても定住地を持つ点が異なる。英語では、ノマド(nomad)がほぼ相当する言葉だが(語源はギリシア語のノマデス νομάδες)、牧畜以外の生業を取る移動型の人々(ジプシー等)を含んでいる。 遊牧民の存在は人類の歴史に大きく影響を与えてきた。特にユーラシア大陸の歴史においては、西アジアで牧畜の場を定住集落から離れて拡大する集団、すなわち遊牧民が誕生したことと、中央ユーラシアで遊牧民が騎馬技術を獲得したことの2つは、歴史の流れを大きく変えたと言える。 農耕民に比べて人口がはるかに少ないにも関わらず、生まれながらの騎兵である遊牧民は古代から中世にかけて強大な軍事力を誇った。特にモンゴル帝国はチンギス・ハン帝が没した時点でユーラシア大陸の大半を版図におさめるという、空前絶後の帝国であった。 編集 遊牧 家畜を時間と空間的に移動させながら植生、水、塩分などの自然資源を利用する生活と生産様式。日常的に家畜を殺すために、その食生活上体臭が強く、しかもめったに水浴び出来ない環境であり、また季節毎及び夜昼の寒暖の差が激しく、垢さえも体を守る意味もあり、近代の都市生活にはなじみにくい生活様式であるといわれる。 アフリカの遊牧民族マサイ族 編集 特徴 遊牧民は、一箇所に定住することなく、居住する場所を一年間を通じて何度か移動しながら主に牧畜を行って生活する。 多くの場合、1家族ないし数家族からなる小規模な拡大家族単位で家畜の群れを率い、家畜が牧草地の草を食べ尽くさないように、その回復を待ちながら、定期的に別の場所へと移動を行う。 遊牧民は定住型の人々からは一般にあてどもなく移動しているかのようなイメージを抱かれやすいが、実際には拡大家族ごとに固有の夏営地・冬営地などの定期的に訪れる占有的牧地をもっていることが普通で、例年気候の変動や家畜の状況にあわせながら夏営地と冬営地をある程度定まったルートで巡回している。 遊牧民の生活している地域は乾燥帯・ツンドラなどおおよそ農耕には向かない厳しい気候であるため、もっとも厳しい冬を越すための冬営地では数十から数百の家族単位で集団生活を営む例が多い。 遊牧民のもうひとつの特徴は、生活に交易活動が欠かせないことである。そもそも遊牧生活では、ミルク・毛皮・肉などを入手することは容易だが、穀類や、定住を要する高度な工芸品を安定的に獲得することが困難である。そのため、多くの場合、遊牧民の牧地の近辺には定住民、特に農耕民の居住が不可欠である。そのため、遊牧民は移動性を生かして岩塩や毛皮、遠方の定住地から遊牧民の間を伝わって送られてきた遠隔地交易品などを隊商を組んで運び、定住民と交易を行ってこれらの生活必需品を獲得してきた。一見素朴な自給自足生活を送っているような印象を受ける遊牧民の牧畜も、ヤギやヒツジ、ウマといった商品性の高い家畜の売買によって成り立ってきた部分は大きい。 編集 歴史上の遊牧民 世界史上、もっとも大きな影響を及ぼした遊牧民は、北アジアのモンゴル高原から中央アジア・イラン高原・アゼルバイジャン・カフカス・キプチャク草原・アナトリアを経て東ヨーロッパのバルカンまで至るY字の帯状に広がった騎馬遊牧民たちである。彼らは、匈奴・サカ・スキタイの時代から、パルティア・鮮卑・突厥・ウイグル・セルジューク・モンゴル帝国などを経て近代に至るまでユーラシア大陸全域の歴史に関わり、遊牧生活によって涵養された馬の育成技術と騎射の技術と卓越した移動力と騎兵戦術に裏打ちされた軍事力で歴史を動かしてきた。中世以降は軽装騎兵が騎射で敵軍を混乱させ、重装騎兵が接近戦で敵軍を打ち破る戦法が用いられた。遊牧民を介してユーラシア大陸の東西はシルクロードなどを用いて交流し、中国で発明されたと言われる火薬などの技術が西に伝わった。 まとまった勢力として文献資料に初めてあらわれるのはキンメリア人であり、紀元前8世紀頃、南ロシア平原に勢力を形成したとされる。これに次ぎ、同じく南ロシア平原にスキュタイ人が現れる。スキュタイ人については、ヘロドトスの書物の記載が有名である。同じく歴史に登場するペルシアのアケメネス朝もまた遊牧民を支配層とした国家である。アケメネス朝は後に続く広域国家の源流といわれる。紀元前4世紀頃から匈奴が中国の文献に登場し始め、紀元前3世紀には後へ続く遊牧国家の源流となる広域国家を形成した。西暦元年前後にイラン・イラクを支配した遊牧民系国家のパルティアは優れた騎射技術を持っていた。 4世紀頃に遊牧民族のフン族が引き起こしたゲルマン民族の大移動が西ローマ帝国が滅亡した大きな要因であると言われている。その後も、遊牧民族の柔然・突厥・回鶻・契丹が強大な軍事力でモンゴル高原からキプチャク草原に至るスッテプ地域を席巻した。 中世の中央アジア西部や東ヨーロッパでは、遊牧民族のテュルクやモンゴルやアヴァールやブルガールやハザールやキプチャクやペチェネグやマジャルなどが覇権を争った。 13世紀頃、モンゴル系のモンゴル帝国はモンゴル高原・中国・中央アジア・イラン・イラク・アナトリア・東ヨーロッパを支配するなど、強大な軍事力でユーラシア大陸を席巻した。モンゴル高原に割拠した遊牧民の部族は「モンゴル」・「メルキト」・「ナイマン」・「ケレイト」・「タイチウト」など。 14世紀後半になるとモンゴル系のティムール朝がトゥーラーン・マーワラーアンナフル・ホラーサーン・ヒンドゥースタン・イラン・イラクを支配し、16世紀にはモンゴル系のムガル帝国がインドに建国された。 14世紀にはテュルク系のオスマン帝国が興り、東欧・黒海沿岸・シリア・エジプト・イラクなどを支配した。 秦以降の長期間にわたり中国を統一した中華帝国は、前漢・後漢・晋・宋・明以外の隋唐元清は遊牧民の王朝そのものか、その援助によって成立していた。匈奴は1世紀に南北に分裂し、南匈奴は後漢に服属し、北匈奴は後漢・烏桓・鮮卑に滅ぼされた。ゲルマン民族の大移動を引き起こしたフン族が北匈奴の残党であるという説は有名である。西晋は南匈奴系の劉淵・劉聡に滅ぼされた(永嘉の乱)。この頃、東アジアで鐙が発明され、騎兵の戦闘力は向上した。南北朝時代を経て300年ぶりに中国を統一した隋の皇室は半農半牧でツングース系の鮮卑であった。唐を建国した李淵も鮮卑系ではないかと言われている。元は遊牧民の帝国であるモンゴル帝国の一部である。明は王朝の軍事力として多くのモンゴル集団を従属させている。 編集 中央ユーラシア遊牧民の民族概念 遊牧民の集団では同盟の締結、指導者家系の婚姻による成員及び家畜群の持参金的分割合流、あるいは政治・軍事的理由での他集団の配下への統合など言語や祖先系譜を異にする他集団との融合が頻繁に生じる。また、指導者家系における新世代の独立などによる集団の分裂も日常的である。そのため、歴史的に祖先、言語、文化を共有するとされる近現代的民族観と、遊牧民における集団の統合意識、同族意識にはきわめて異質なものがある。例えば、現在中央アジアに分布する多くのテュルク系「民族」、例えばウズベク人、タタール人といった遊牧民に由来する「民族」の多くが中世のモンゴル帝国においてチンギス・カン一族やモンゴル高原出身の武将の指揮下に再編成された中央アジアのテュルク・モンゴル系の遊牧民集団に起源を持つ。 実際には個々の遊牧集団は上記のように移動生活成員自体が複合的な種族構成を持つのみでなく、冬営地における夏季の留守番要員や農耕要員を包含する。さらに遊牧国家クラスの大集団になると支援基地として都市を建造してそこに行政事務をつかさどる官僚組織や手工業組織を配するなど多種族複合的な性格が強い。この種の遊牧国家の人造都市の特徴は権威の象徴としてのモニュメント的な見せる都市としての意味合いが強い。その典型がウイグルのオルド・バリクや元の大都である。 編集 中央ユーラシア遊牧民の文化的特徴 中央ユーラシアの遊牧騎馬民共通の文化的特徴として、数々の点が指摘されている。 実力主義 指導者は、能力のある者が話し合いで選出される 農耕民に比べて女性の地位が高い 能力があれば異民族でも受け入れて厚遇する ただし、厳格な階級社会であり、支配層から奴隷まで厳然たる身分格差が存在した また、厳格な部族社会であり、支配の中枢にいる民族から奴隷民族まで厳然たる格差が存在した 男女を問わず騎馬と騎射に優れる、必然的に機動性に富むあり様がそのまま武力に直結している 人命(人材)の尊重 情報を重視し、勝てない相手とは争わない 奴隷制社会であり、戦争捕虜や征服した奴隷民族などの膨大な数の奴隷を抱えていた 実際の戦闘はなるべく行わず、指導者間の交渉で解決する 非完結の社会 社会の維持に非遊牧世界の技術・製品・税を必要とするため領域内に農耕都市を抱え込む などである。これらは人口が少ないがゆえの合理性に基づく。 抱え込む農耕都市が増加し支配下の都市間が交易などにより文化的・経済的に一体化することによって広域国家が発生する[1]。 これらの文化は、遊牧に起源をもつものであるが、現代の国民国家、産業社会においてその遊牧的慣習は抹殺される傾向にある。その一因として、現代型の民族観、国家観と遊牧民の持つ集団編成原理に相容れない性格がある事が挙げられる。 編集 歴史上にあらわれる主な遊牧民集団 キンメリア スキュタイ人(スキティア) サルマティア(アラン人) フン アヴァール マジャル ブルガール ハザール(ヴァザール) ペチェネグ キプチャク(クマン、ポロヴェツ) タタール ノガイ マサイ フルベ(フラニ) トゥアレグ - ベルベル人(ムーア人)遊牧民 ベドウィン - アラブ人遊牧民 ユルック - トルコ人遊牧民 オグズ トゥルクマーン トルクメン 遊牧ウズベク カザフ カラカルパク パシュトゥーン(パターン、アフガン) バルーチ人遊牧民 ブラーフーイー人遊牧民 ラバーリー エフタル 戎 羌 匈奴 東胡 烏桓(烏丸) 鮮卑 氐 柔然 突厥(テュルク) ウイグル キルギス 契丹(キタン) ケレイト ナイマン モンゴル オイラト サハ人 サーミ人 アムル人 アラム人 ヘブライ人 ナバテア人 編集 脚注 . Alain Romane, nomades in the world, cambridge London 2004. . Gérard Chaliand, Les Empires nomades de la Mongolie au Danube : Ve siècle av. J.-C. - XVIe siècle, Perrin, 1995 (2e éd. revue et corrigée) 編集 参考文献 J-M.Durand, Les Documents épistolaires du palais de Mari, 3 vol., Le Cerf, LAPO, Paris, 1997, 1998, 2000. GOGUEL, Frédéric. «Les chrétiens sous la férule des ayatollahs» dans Résister et Construire, Lausanne, nos 37-38, janvier 1997, p. 58-62. 編集 関連項目 農耕民族 編集 脚註 ^ Mohsen Farsani, Lamentations chez les nomades bakhtiari d'Iran, Paris, 2003.



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